| 周りの目を気にしない |
自分の標語の中に”周りの目を考えない”というものがある。 これは自分が普段、周りの目を気にしすぎているのではないか、という疑問から作ったものだ。
なにも目だけの話ではなく、他人の言葉や考え、その人の自分に対する意見などあらゆる面において周りの人間に影響されやすい。
表向きで見ると「空気が読める」、「ノリが良い」など良いこととして取られることもある。 しかし自分のこととして真剣に考えてみるとやはり変わらなければいけない部分だ。
ある性格診断のようなもので次のような質問があった。
・周りの人間に認められることについてどう思いますか。
a.とても嬉しい。全てにおいて認められたい。 b.嬉しい。嫌な気は一切しない。 c.場合による。時には嫌に思うことも。 d.どうでもいい。
自分はbに当てはまる。いやもしかしたらaに入るかもしれない。
もちろんこれは正解、不正解などはなくてaの人物像が理想的だと思う人もいればcも然り。 しかし自分が今目指すべき人物像はdである。
理由は簡単。この中で唯一周りの人間に左右されてないから。
d.どうでもいい。(自分が考えた、決断した、行動した結果だから)
周りから受ける影響は良いことも沢山あり、大切なことだというのも分かる。 しかし悪影響に流されないため自分の中に芯をもつことも大事なことだ。 芯を曲げずに影響を取捨選択できればベストであるけどそれをこなすには自分はまだ人生経験が乏しい。 7つの習慣風に言えば相互依存の前に自立を固めておくというようなものか。
まあ堅く考えずにゆっくり理想に近づけるようがんばろう。
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| 本をよごす |
自分は几帳面な人間で今まで本というものはきれいに扱ってきた。
しかしここ最近になって本はどんどんよごすべきだ、よごしてもいいんだ、と思えるようになった。
気になるページがあれば右上の端を折り、また気になった部分があれば線をひく。 読み返したときにポイントが分かりやすいし、時が経てばまた違う感覚を味わえるかもしれない。
ではなぜ今までそんなことを毛嫌いしてたんだろう。 それらを知人に見られたら恥ずかしいから、 誰かに貸す機会、もしかしたらゆずる機会があるかもしれないから、 自分がまた真っ白な気持ちで読み返したくなるかもしれないから、
改めて考えてみるとどれも小さなものだ。なんでこんなことを考える必要があるんだろう。経験上どれも実際に起こったためしがない。
もっと大雑把な人間になろう。何に対してもその瞬間を一番に考えられる人間になろう。
自分が好きで大切な本こそどんどんよごしていこう。どんだけよごれてるかが読み倒してる証になる。
よごれによごれたら二冊目を買えばいい。そこまでいったら大したものだ。
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| Misery |
悲しいというならば
空の青ささえも
届かないもどかしさに君は泣くんだろう / hide - MISERY
悲観的な感情はどんなものさえもマイナスに捉えてしまう。 そしてまたその逆も然り。
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| あらら part2 |
そういや最近ブログ書いてないなぁ、
と思ったらなんと2ヶ月近く書いてなかったコトに気付いた。
むぅ〜・・・ 飽きっぽい性格がモロに出てるなぁ。
まあ2ヶ月過ぎなかっただけよしとしよう!今後改善していけばいい話さ! と不慣れなポジティブ思考で自己正当化完了。
もうすぐ本格的な夏になるな〜
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| 病は気から、気は行動から |
この前、NHKで放送している番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」の再放送を見た。
内容は”茂木健一郎の脳活用法スペシャル”という回。 本当に色々とためになった。
この回を通して思ったこと。それは行動を起こすことに伴う「変化」の多さ、大きさだった。
誰にでも気持ち、気分が変わるスイッチがある。そのスイッチはそれぞれの何気ない行動で切り替わる。 また、そのスイッチを新たに作り出すことも可能であり、人は無数の”モード”を作り出すことが出来る。
スイッチの切り替えを巧みにこなせるようになればどんな場面においても意図したモードになることが出来る。そしてその切り替えは鍛練することによって誰でもスムーズに行えるようになるとのこと。
また何かを記憶する際にも行動を関連付けることは大変有効であり、視覚、聴覚を刺激しながら覚えることによって脳を最大限に活用できるらしい。
様々な本にも書かれてるように悩みや不安は害に他ならない。そしてそれらは気の持ち方次第で払拭することができる。 気持ちを変えることに最も有効なものが行動することだとしたら全ての始まりは行動することということになる。
行動力に乏しく、動くより考えてばかりな自分にとっては耳の痛い・・・、
いや、これからの自分形成にとってとても有意義な内容だった。
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